そろそろ夕方の色を含む空の下、放課後の校庭は活気で満ちている。
 校庭の西側、砂埃を立てながらボールを追うサッカー部員たち。
 東には、風追いかける陸上部員たち。
 同じ校庭の端を遠慮がちに歩いているのは、一真だ。目指す校庭の東へと校舎伝いに歩み寄る。そこには、声をかける前から満開の笑顔が咲いていた。


     


「沖本さん」
 声をかければ、その笑顔がこちらを向く。
「聞いてるよ。座談会やるんだろ?」
 ベンチに腰かけている相手が、ここに座りなよ、と空いている隣を示してくれた。うなずいて、一真もそこへと落ち着く。
「練習中にすいません」
「いいよ、いいよ。ちょうど休憩中だし。あははっ、ざっだんかい! ざっだ、んっ、かいっ!」
 妙な節をつけて歌いだす龍太。
「た、楽しそうですねー……」
「うん、俺こういうの大好き! で? なになに、何について話すの?」
「え、と……」
 これから質問をする相手のハイテンションぶりに、のっけから気圧され気味の一真だ。もっとも、龍太らしいといえばあまりにらしい様子だけれど、と思い直し、大きな瞳を笑みに細めた。
「ちょっと待ってくださいね」
 ごそごそと制服のポケットから一枚のメモを取り出した。
 書かれているのは、この座談会のお題。
「え、と……好きな女の子のタイプについて=Aだそうです」
「……カタイなー」
 ぽつ、と龍太の口からこぼれたつぶやきに、一真は顔を上げた。
「え、カタイですか?」
「うん、カタイよ。こういう話はもっと軽〜くさ。あ……もしかして、相手が俺だから?」
「えっ? いや、そんなことはないです、けど……」
「けど? ……あ、そっか。寿人と組みたかったのか」
 龍太はすぐにその確かなところを察するらしい。人の心の機微(きび)には敏感な龍太だ。こういうところはさすがに鋭いな、と一真は前髪を引っかきつつ、正直にうなずいた。
「……本音を言えば、せっかく質問できる場をもらえるなら、思う存分綾井先輩に訊いてみたかった、かな…………あっ、でも、沖本さんがいやとかじゃないですから! 全然!」
「いやいや、そんな気にしなくていいよ。そっか、寿人にね……」
「訊いたところで、ただかわされるのがいつものことなんですけど、ね」
 続けた言葉がついつい恨みがましい調子になる。
 そんな自身に苦笑する一真の横で、「うーん」と龍太は考える顔だった。龍太はいつもこうして他人のことに一生懸命だ。
「沖本さんは?」
「え?」
「沖本さんは梅田さんと組みたくなかったですか?」
 龍太にとって、その相手は一も二もなく大事な存在のはず。休み時間になれば用事がなくとも顔を見に教室を訪ねていくのだと聞いた。
 と、龍太から返ってきたのは実にあっさりとした答え。
「んー、べつに」
「えっ、意外……」
「いやいや、この場はねー……だって、俺が恋ちゃんに訊いたところで答えなんてわかりきってるから。今さらそんな新しい面白い回答なんて恋ちゃんから出てこないし、俺もリアクションとれないしね」
「そう、ですか」
 うん、と龍太が満面の笑みでうなずく。
「俺、恋ちゃんのことなら何でもわかるもん!」
 そう言い切った龍太の笑顔には、一点の曇りもなかった。
 その眩しさに、ただ圧倒される。そうして、龍太の答えは相手の意表をつくためのものでもなく、ただそれが真実なのだと思い知った。一も二もなく大事な存在、だからこそ、こんなところで語り合う必要もないんだ、と。
 一真はぽつり、繰り返した。
「梅田さんのことなら、何でもわかる……」
 うらやましい、とこみ上げてきた言葉を喉の奥で飲み込む。
「……そろそろ本題いこっか、一真」
 ふいに穏やかな調子に変わった龍太の声に、一真ははっとわれに返る。
「え? あ、はい! じゃ、いきますよ」
「いつでもどうぞ!」
 今度はたちまち弾けたリズムの相手へ、一真もまた大きな瞳にちらりと茶目っ気をにじませた。
「ずばり、どんな女の子が好きですか?」
 修学旅行の夜みたいだ、とさらに笑みを深くした相手は、いま再び穏やかな表情で夕空を仰ぐ。
「んーと、そうだな…………お日さまみたいな子」
 まるでそこに恋しい相手を捜すような横顔へ、一真はそっと訊き返す。
「お日さま?」
「うん。こう……キラキラしてる子!」
「それは見た目が華やかってことですか? 美人?」
 愚直な問いだとは自分でも思う。案の定、相手が小さく苦笑した。
「まあ、美人はスキだけど、実際に好きになるときは、見た目はあんまり気にしない。元気がよくって、一生懸命何かをがんばってる子が好き」
「あ、それは俺もわかります」
「そんでさ、俺の前でよく笑ってくれる子。やっぱり、笑ってる女の子ってかわいいなー。二人で一緒に笑ってる時間が最高」
 龍太の語る好きな女の子像。
 それはまるで、その胸のうちに咲く特定の姿を言葉で模しているようだ。
「……ちなみに、いま好きな人はいますか?」
「さあ、それはどーかなー。にしし」
 その笑顔からは真実の程は知れない。
「彼女は……いません、よね?」
「今のところね」
「今のところ……元カノは?」
「中学時代に一人いた」
 ほんのりはにかんだその表情には、真実しか見えなかった。
「もしかして、年下ですか?」
 重ねて問えば、見るからに驚いた表情が返ってくる。
「えっ、なんでわかんの?」
「なんとなく……」
 へえ、と感心したようなため息が龍太の口からこぼれた。そうして、龍太はサラサラの髪を指で梳きながら、当時を懐かしむような声色で語りだす。
「うん、一コ下。中三の夏からつき合ってたけど、卒業するときに別れちゃった。ほら、俺って寂しがりだから、学校が違うとムリ」
「じゃあ、もちろん遠恋はできないタイプですね」
「ダメダメ! 絶対耐えられないよ。好きな子には、いつもすぐそばにいてほしいもん!」
 力いっぱいの龍太に、一真はまた小さな笑みをこぼす。折りたたんだメモをポケットにしまい、うなずいてみせた。
「なるほど、沖本さんは見た感じそのまんまの人っていうのが、よーくわかりました」
「え、俺ってそう? そのまんま?」
「はい」
 もう一度大きくうなずいてみせれば、目の前のきょとん、とした瞳がこちらにつられたように笑顔の三日月に細められる。
「へえー、あはは、俺ってそうなんだ! あ、ね、これって、俺から一真に質問返しってアリ?」
「作者さんのルールによると、それはダメみたいですよ」
 ちぇ、とつまらなそうに龍太が自分の足元へと目を向ける。かと思うと、またすぐに顔を上げてこちらを見た。
「……ね、一真さ、寿人の回答気になるよな?」
「え? あ、はい、そりゃ、まあ……」
「俺、質問する相手は寿人って、言われてるんだよなー」
「そうなんですかっ?」
 勢い込んで訊ねれば、とたんに目の前の大きな瞳が輝きだす。楽しい悪戯を思いついた顔で、何やらぶつぶつと独り言だ。
「……とすると、場所によってはあるいは…………」
「……沖本さん?」
 一真の呼びかけも、もう龍太の耳には届かない。

 穏やかな夕空に、ひと筋の飛行機雲が伸びていった。



End?


座談会、一真&龍太篇でした。
このシリーズの視点は、すべて質問者側になってます。回答者にしちゃうと、それが嘘かホントかわかっちゃいますもんね。笑
龍ちゃんの元カノ話は、チコリもびっくりでした(・∀・;)

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