明るい陽の射し込む昼休みの中庭からは、いつもの音が聞こえていた。
 重いボールが土の上で弾む。その振動で、低い若木が葉を揺らす。
 ガラス越しの相手がひと息つく頃を見計らって、恋次は扉をくぐり中庭へと踏み出した。


     


「今日も精が出るな、入倉」
「おう……会室にいなくていいのか?」
 ボールを脇に抱え、直也が4階の張り出した窓へと視線を向ける。
 ここからはそよ、と風に揺れるカーテンが見えるだけだ。
「そんなにいつもいつも、あそこに籠もってるわけじゃないさ」
「ふぅん……で? なんか用か?」
「まあな、これ。作者さんからの依頼。おまえと仲良く座談会してこいって」
「あ?」
 さらりと突きつけた用件に、ただただ相手は面食らう。猫を思わせる鋭い目が、今は驚きに丸くなっていた。
「ここ、いいか?」
 恋次は涼やかに笑んで、心地いい木陰へと腰を下ろす。
 怪訝な顔の相手も、素直に隣へと腰を落ち着ける。だが、気持ちの方は落ち着かないらしい。いったいどんな面倒な話をされるのか、とどこか居心地悪そうにしきりに腕の中のバスケットボールをもてあそんでいる。
「入倉のとこには、このメモ来てないのか」
「なんのことだかわかんねえけど、俺は何も……」
「質問者と回答者で二人一組になって、座談会をしてほしいんだそうだ」
「恋次が質問者で、俺が回答者?」
「そういうこと。ちなみに、俺のとこに質問に来たのは綾井」
「…………」
 急に押し黙った直也の横顔を、恋次は切れ長の瞳でちらりと見やる。
「綾井のとこには、まだ誰も来てないみたいだな」
「……何が言いたいんだよ、恋次」
 案の定、返る言葉に少しの苛立ちが含まれてきた。
「特に深い意味はないけどな」
 知らぬふりで答えれば、直也は露骨に顔をしかめる。そうして、面倒な前置きはいいからさっさと始めてくれ、といかにも不機嫌そうに吐き捨てた。イライラとボールをもてあそぶ仕草が実に正直だ。
 そんな相手へ、恋次はひとつ小さな笑みを投げて、メモへと目を落とした。
「そうだな、昼休みも残り少ないことだし。じゃあ、まず……入倉の好きなタイプって、どんな女の子?」
「――は?」
 それは直也にとって予想もしていなかった質問らしい。
 直也がこの手の話題を苦手にしていることを知っているだけに、恋次はたまらず吹き出すのをこらえきれなかった。
「そんなに睨むなって……このメモに質問の内容が書いてあるんだよ。俺はその通りに訊いてるだけ」
「…………」
 聞こえる舌打ち。わざと不揃いに前髪をかきやるのは、照れ隠しのためか。
「さっさと始めろって言ったのは、入倉だろ。さっさと答えてくれ。好きなタイプは?」
「……一緒にいて、気楽な、やつ」
 苛立った様子のわりに、吐き出された答えは素直だった。黙ったところで逃げられないと、賢く悟ったからかもしれない。
「へえ……」
「なに笑ってんだよ」
 長い前髪の下からのぞく鋭い目に睨まれる。
「いや、笑ってないよ。微笑ましいな、と思って」
「…………」
「バスケが好きな子、ではないんだ」
「……べつに、関係ない」
「でも、同じものを好きなのって心地良さそうだと俺は思うけど……がんばってる女バスの子たちを見て、いいな≠ニか思うことってない?」
 同じ九条の女子部はもとより、試合ともなれば会場で他校の女子たちと顔を合わせることもあるはずだ。胸熱くなる試合を観れば、自然とほのかな想いが湧いてきても何もおかしいことはないだろう、と。
 すると、直也は体の脇へ置いたボールへ一瞥(いちべつ)くれ、つぶやいた。
「……好きな女といるときくらいは、俺はバスケと離れてても、いい」
「へえ……」
「だから、なに笑ってんだよ!」
「いや、笑ってないよ。微笑ましいな、と思って――って、待てよ、入倉!」
 面映( おもはゆ )さに耐えかねたのか、立ち上がりかけた直也の腕を、ぐい、とつかんで引き止める。
「まだ質問残ってる。作者さんに頼まれてるんだから……」
 協力してくれ、と恋次は穏やかに宥める口調。
「……ちっ」
 仕方なし、とばかりに舌打ちを鳴らしながら直也は座り込んだ。
「今現在、好きな人はいる?」
「…………」
 その短い沈黙が何より雄弁であることを、どうやら本人は気づいていないらしい。
「いる、と」
「なっ――まだなんにも言ってねえだろ」
「おまえの顔はいる≠チて、即答してたぞ」
 噛みつきにくる牙をするりと笑顔でかわせば、たちまち相手が言葉に詰まる。
「な……そ…………」
「嘘つけないんだな、入倉。それとも、まだ自分じゃ気づいてないのか……」
 先ほど自分が口に出した答えの真意を、自分でつかみきれていない。その様子が微笑ましい、とさすがに三度も口にするのははばかられたが、普段の教室では確かに目にすることはできない今の直也の表情だろう。
 とはいえ、ことさら相手を外から煽り立てるつもりなんていうのも、恋次には毛頭ない。
「か、勝手なこと言ってんじゃねえよ。だいたい、おまえはどうなんだよ、恋――」
「じゃあ、次の質問いくぞ。入倉は遠距離恋愛って、できるか?」
「…………」
 最後まで言わせずにかぶせた問いへ返ってくるのは、憮然とした顔。それを面白く見やり、恋次は「ごめん」と苦笑する。回答者から質問者への質問返しはルール違反だから、と丁寧な説明の後で、改めて問い直した。
「では、もう一度。入倉は遠距離恋愛って、できるか?」
「……したくはねえけど、致し方ねえ状況ならがまんする」
 もうどうにでもなれといった調子で、直也が吐き捨てる。
 さらに恋次は問いを重ねた。
「遠くの彼女と別れてそばにいる子に、とは考えない?」
「それじゃ、本末転倒だろ」
「…………」
 吐き捨てられただけに、その想いの飾り気のなさが際立った。
 恋次はしばし返す言葉を見失う。そうしてじっと見つめていると、相手は怪訝な顔。
「なんだよ」
「いや…………綾井がさ、俺の彼女になる女の子は幸せだって言ってたけど、俺からすれば入倉の彼女のほうが幸せだ、と思って……」
 つい、言葉の端々ににじんだ自嘲。
 だが、直也はそれに気づかなかったらしい。
「俺は質問者が綾井じゃなくて心底よかったと思ってるけど……」
 それももっともだ、と短く吹き出しかけて、恋次は立ち上がった。
「長々つき合わせて悪かったよ」
 座談会はこれで打ち切り、と告げて歩き出す。
 とたんに、直也の声が追ってきた。
「あ、おい、恋次」
「なに?」
「……これ、俺もやるのか?」
「そうみたいだよ。たぶん、渡される質問はみんな同じ」
「相手、選べねえのか?」
 頬引きつらせる相手に、恋次はただにっこりと極上の笑みを返す。
 盛大な舌打ちを背後に聞き捨てにして校舎へと一歩戻れば、昼休みの終わりを告げる鐘の音が緩やかに鳴り響いた。
 くしゃり、とメモと一緒にポケットの中で握り潰された想いには、誰も気づかない。



End?


座談会、恋次&直也篇でした。
拍手お礼のときとは、かなり印象が変わったんじゃないかと思います(*'-'*)
やっぱり恋ちゃんグッジョブです☆
というか、この人の視点が一番書きやすいことに、こんなところで気づいた筆者・チコリでした。笑

あ、ちなみに、これは座談会A・Bの翌日、になってます。

座談会Dをのぞいてみる







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