夜空に月が浮かんでいる。
深い漆黒(しっこく)の闇に冴え冴えと輝く青白いそれを、悠(はる)かな古(いにしえ)の人々は氷に喩(たと)えたという。
ならば、こうしてこの身に注ぐ淡い月影は夜空の氷から溶け出した水滴か。
ああ、なるほど、「月の雫」とはよく言ったものだ。
千年前の人々も、今自分が眺めているのと同じ月の顔を見上げていたのだろう。
月がいつも地球に同じ顔を見せているのは、科学的に立証されたこと。
けれど、常にくるくると表情を変える月が、この世にはある。
それを知ったのは、いくつのときだったろう。
はらり。
夜空の下で、花が舞う。
はらり、はらり。
月影と戯れ合うように右へ左へ、表へ裏へ翻る。
はらり。
何かが、頬に触れた。
その温もりに、体が現(うつつ)へと引き上げられていく。
させじと、夢が手を伸ばしてくる。
『いいか、恋次(れんじ)。恋歌とは、言葉に逆さの意味を込めるものなんだよ』
『さかさ?』
『そう、逆さまだ。わかるかな?』
『……あんまり』
『はっはっは、恋次にはまだ難しかったか』
『じいちゃんは、よんだことあるの? こいうた』
『さあて……どうだったかな』
はらり。
夜空の下で、花が舞う。
はらり、はらり。
月影と戯れ合うように右へ左へ、表へ裏へ翻る。
はらり。
何かが、また頬に触れた。
その温もりに、今度こそ体が現へと引き上げられていく。
急速に、夜空の夢が遠ざかる。
反対に寄せてくるのは、波音のよう。
「……よ……恋……」
優しいさざ波が聞こえてくる。
「起きてってば、もう時間だよ」
さざ波にゆらゆらと体を揺られて、目を開ける。
ぼんやりと、この目が最初に映したのは、
「……龍ちゃ、ん……」
はらり。
綺麗な漆黒が舞う。
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