窓の向こうに映る暮れ初めの空を背に、寿人はのんびりと西階段を上っていた。
 その手の中に、一枚のメモ。
 見下ろして、薄茶の瞳をわずかに細める。
「ま、せいぜい楽しんでくるとするか」
 つぶやいて顔を上げた先、校舎4階の回廊の端にあるのは生徒会室。
 寿人は閉じられているドアの前に立つと、慣れた調子でノックした。中からはすぐに応じる声。そうしてためらいなく開かれたドアの向こうには、やはり見慣れた顔があった。


     LOVELY TALE


「お仕事中ごめんな、梅田」
「綾井が会室に来るのなんて、いつものことだろ」
 にこ、と涼しげな笑みを浮かべるのは恋次。
 部屋のうちにいるのは、彼一人らしい。
 放課後のこの時間に一人とはめずらしい、と心中でつぶやきつつも、それこそいつものように、寿人はいつもの場所――テーブルを挟んで恋次の向かい――へと腰を落ち着けた。
「実はさ、今日は作者さんにこんなメモ渡されちゃったんだよね。梅田に質問して来いって」
「うん、聞いてる」
「え、聞いてるの? じゃあ、須賀さんたちがいないのもそのせい?」
 問いかければ、返ってくるのは肯定の微笑。
 立ち上がった相手は、どうやらこの自分のためにとマグカップに紅茶を注ぐよう。
「飲むだろ?」
「ん、ありがと」
 湯気立つそれを受け取り、寿人は茶目っ気に笑った。
「でも、目新しくもないコンビだよなあ、梅田と俺ってさ……ま、龍ちゃん≠カゃなくって梅田は不満かもしれないけど、俺でがまんしといてよ」
「不満なんてないよ」
 自分の湯呑みへと口をつけた恋次が、さらりと答えた。意外だ、と少しばかり驚いてみせれば、さらにあっさりと答えてよこす。
「龍ちゃんと俺とじゃ、お互いのことなんてわかりきってるからな」
「あ、そういうこと」
 コク、とひと口熱い紅茶を喉に流し込み、寿人はすぐに納得だ。
 なにせ、恋次と龍太は十四年来の幼なじみ。その片割れの本人がわかりきっている≠ニ言うのだから、その言葉をわざわざ疑う必要もない。
「それじゃ、まあ、ちゃっちゃと本題にいっとこうか」
「どうぞ」
「はは、すごい余裕。質問される内容知ってるのか?」
「いや、知らないけど……」
 何となく想像はつく、と湯呑みを置いた恋次の頬に浮かぶのは苦笑。
 大人びて見えるその顔をちらりと悪戯に見やり、寿人は手の中のメモへと再び目を落とした。
「あの作者さんだしね。では、ずばり、梅田の好きな女の子のタイプは? ……って、これ、梅田の回答を逐一メモしといたら学校中の女子に売れそう」
 しないけどさ、そんなこと、とつけ加えるのを忘れない。
 そんなあっけらかんとした寿人の言葉に、向かい合う恋次の苦笑が濃くなった。
「で? 梅田の答えは?」
「そうだな……わがままな人」
「え、わがまま?」
「女の子のわがままは、かわいげがあるだろ」
 にこ、とやはり大人びた微笑を前に、寿人は短いため息。
「……さすが、梅田。でも、当の女子たちはきっと、そうは思ってないんだろうなあ」
「え?」
「だって、梅田だよ。おまえの隣に並ぼうと思ったら、そんなわがままなんて言わなくて、勉強もできて、大人しげなかわいらしい完璧な女の子になりたがると思うけどなあ」
「…………」
 好きなタイプを答えるときには、さして考える様子も見せなかった恋次だが、今は何やら思うところがあるらしい。口元にそっと手をあてがい、返す言葉を選ぶ素振り。
 そんな相手をまた、寿人もテーブルに頬杖でじっと見返した。
「……そういう意味では損してるのか、梅田って」
「……どうだかな。そういう綾井は――」
「あ、言っておくけど、回答者から質問者への質問返しはルール違反だってさ」
 にこ、と笑顔で機先を制す。
 それは恋次にとっても得意技であったはず。いつもは自分が他人へと向けるはずのそれを返されて、どこかばつが悪そうに恋次がうなずいた。
「へへっ、普段、梅田から訊かれること多いから、ちょっと気分いいな、この企画」
「そんなに訊いてるか? 俺」
「わりとな……んじゃ、次。ちなみに、今好きな人は? ……って、ずいぶん直球だなあ、これ。今後の展開に影響ないのかな。俺が心配しても仕方ないけどさ」
 メモを読み上げながら顔をしかめれば、目の前の相手がたまらず吹き出した。
「ほらほら、笑ってないで答えろ、梅田」
「わかった……好きな人、か……」
「いる?」
 噛み潰しきれない笑みを頬に残したまま恋次が返した答えは、
「いるよ」
 と、実にあっさりとした肯定。
 それは恋次らしいといえばそうかもしれない。だが、どこか拍子抜けの思いも拭い去れない、と寿人はまじまじと相手を見返す。
「ずいぶん素直だね」
「小学生じゃあるまいし、こんなこと必死で隠してみたって仕方ないだろ」
 肩をすくめてみせるその顔は、もういつもの大人びた表情に戻っていた。
「じゃあさ……」
 寿人はちらりと瞳に悪戯の色を宿す。
「みんなに言ってもいい?」
「それはできれば遠慮してもらいたい」
「あはは、それって矛盾じゃないの?」
「違うだろ。ことさら隠し通すこともないけど、わざわざ自分から言いふらす必要もない」
「そりゃあ、まあ……」
 寿人はうなずきつつ、まだ熱い湯気の立つマグカップへと再び口をつける。が、次に聞こえた恋次の言葉には、またすぐに顔を上げた。
「だいたい、綾井はそんなやつじゃない」
「そんなやつって?」
「好んで人の噂話の種をまくようなやつじゃない……だろ?」
 念を押すような、そうでないような相手へ、寿人もまた、ただ肩をすくめてみせる。
「じゃあ、次の質問。遠恋って、できる?」
「遠距離恋愛か……」
 つぶやいて、恋次もテーブルの上の湯呑みをそっと両手で包んだ。
「これ、沖本だったら絶対、ムリ!≠チて、即答してそうだなあ……」
 そのときの表情までがありありと想像できる、と寿人は屈託なく笑う。
「うん、龍ちゃんはそういう子だよ」
「梅田は?」
「俺は……そうだな、経験しないで済むなら、済んでほしいな」
「梅田でも、そこはそう言うんだ……あ、でも、そっか、わがままな子が好きなんだもんな。近くにいなきゃ、わがまま聞いてあげられないもんな」
 そういうこと、と恋次が微笑む。
 にっこり、と。
 そう、それはおそらくこれまでで最も素直な恋次の微笑かもしれない。
「……梅田の彼女になれた子って、幸せだな」
「…………」
「え、なんでそこで黙るの?」
「いや、べつに……」
 前髪をかきやる恋次の頬に浮かぶのは、これまたなんとも素直な苦笑だった。
 その顔をしばし眺め、寿人もまたくす、と小さく笑いをこぼす。
「まあ、そこは詮索しないでおくよ」
 今はまだ、聞くときじゃない。そう察して、ひとまずはまだ熱い紅茶にふぅふぅと息を吹きかけ、冷ますことに専念する。少し口に含んだ紅茶の温度を確かめてから、カップに残ったそれをぐっとひと息に飲み干した。
「じゃ、おつかれさん。紅茶ごちそうさま」
「これで終わり?」
「んー……質問はまだあったけど、本気で今後の展開が心配になるからやめとくことにした」
 あの人意外と何も考えてないのな、と小首を傾げれば、またしても恋次の笑壷(えつぼ)をくすぐったらしい。漆黒の髪を肩に散らして、笑っている。
 寿人はくしゃりと丸めたメモを手近なゴミ箱へと投げ入れ、立ち上がった。
「さて、俺のとこには誰が質問に来るのかなあ……入倉だったら、いいなあ……」
「遊び倒すつもりだろ、おまえ……」
 背中に追いかけてくる恋次の声。
 振り返り、寿人はいつもの笑顔だ。
「さあ、どうだろ」



End?


座談会、寿人&恋次篇でした。
拍手お礼では会話文のみでしたが、番外編にのせるのに合わせ、大幅修正。
この座談会シリーズ、基本的に時間軸をいつとは限定してないので、あまり深く考えないでくださいね。笑

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