見ず知らずの雪男の正体は、見知っているはずの寿人。



 寿人はすぽっと脱いだスノーマンの頭を脇に抱え、足元に一度置いていたその箱を抱え上げると、再びこちらへと差し出す。
「中身が中身だから早く受け取ってもらいたいんだけどなあ」
「え? あ、は、はい!」
 両手で受け取った箱が、ひんやりと冷たい。この形からして、おそらく中に入っているのはデザートの類だろう。
「落とすとあれだから、あっち行こうか。日なたじゃすぐ溶けちゃうしね」
 にっこりと笑顔につられて、一真もうなずいた。
 まだ呆気にとられた表情で立っている須賀も促して、スノーマン率いる一行は先程川名たちが楽器を隠していた木陰へと歩んでいく。
「ちゃんとお祝いしてあげた? 川名くん」
 歩み寄りながら寿人が声を投げれば、ぽかん、と口を開けていた川名たちが、はっとわれに返る。
「お、おま……何やってんだよ、寿人!」
「へへっ、似合うだろ。みんなのびっくりした顔おもしろかったよ」
 濃い緑が土の上に映した影の中へと、寿人が一番に座り込む。おいで、とばかりに手招きをされて一真もその隣に座り込んだ。

 ……先輩、汗だくだ。

 寿人の額から流れた汗が、こめかみ、頬を伝い、細い顎(あご)から滴り落ちる。
 それはそうだろう。この暑い夏の盛り、何もしなくても汗がにじむ陽気の中、こんな着ぐるみをかぶっていて涼しい顔をしていられるわけがない。
 それでも一切不快な表情を見せずに笑っている寿人の横顔を見上げていると、ふと視線がこちらを向いた。かと思うと、寿人がくるりと背中を向ける。
「ごめん、脱がせてくれる?」
「へ?」
「チャック、自分じゃ手が届かないんだよね」
「あ、はい……」
 ふわふわと波打つ白い背中に見つけたファスナーを一真が引き下げると、鮮やかな藍地のTシャツが現れた。そのTシャツも汗にまみれてじっとりと濡れているのがひと目でわかる。
「サンキュー……」
 腰まで脱ぎ落とし、半分だけ雪男のまま寿人が汗に濡れた髪をかきやる。
 それぞれ楽器をケースにしまい、川名たちもその場に車座になるが、その表情はすでに驚くのを通り越して呆れていた。
「一人で消えて何をしてるのかと思えば、雪男に変身して来るとはな……」
「そんな顔しちゃってダメだなあ、川名くん。これくらいの遊び心がないとつまらないだろ。なんてったって、一年に一度の特別の日なんだから」
 な、遠藤、とこちらを振り向いた笑顔に、外気の温度が上がった気がした。
 いや、その言い方は正しくない。目の前の笑顔だけが、この暑さの中でひんやりと淡く見えたのだ。

 ……本当に雪になって溶けちゃいそうだ。

 ふと心中をよぎったそんな思いに、一真はぎくっと肩をこわばらせた。

 ……なに考えてんだろ、俺。

「あ、綾井先輩……それ、全部脱いだらどうですか?」
「……遠藤のエッチ」
「はっ?」
「制服着たままこの中に入るわけないだろ」
「……じゃあ、制服は? そういえば、カバンは?」
 寿人は体の脇に置いてあるスノーマンの頭をぽん、と一つ叩き、笑顔のまま答えてよこす。
「お店に置いてあるよ」
「店?」
「だから、ここのお店」
 ここ、と寿人の指がこちらの手の中にある箱を示す。
「遠藤、早く早く! 溶けちゃうってば」
「へ、あ……」
「一応たくさんドライアイスは入れてもらったけど……」
 その言葉どおりに、切れ目を入れた隙間からひんやりとしたスモークが流れ出す。この手が思い切りよく箱を広げれば、まっ白な、けれど色鮮やかなトッピングが散りばめられたホールのアイスケーキが顔を出した。
 まん中に、ホワイトチョコにシロップで書かれたHAPPY BIRTHDAY≠フ文字。
「……これ、俺に?」
「さっき、そう言っただろ」
 木の幹に背を預け、寿人が揺れる枝葉の緑を見上げた。
「来る途中に、ちらっとこのお店の看板持ったスノーマンが見えたから追いかけたんだ。それで、少しの間だけ貸してほしいなあって、頼んじゃった」
「た、頼んじゃったって……」
「喜んで貸してくれたよ。中に入ってたおにーさんに着るの手伝ってもらってさ。なかなか様になってただろ? それに、やっぱりケーキがあったほうが遠藤は喜ぶだろうなって思ったから」
「…………」
 一真は黙ったまま箱の中のケーキを見下ろした。
「あれ、もしかして遠藤って甘いの苦手だった?」
 寿人が横から顔をのぞきこんでくる。
 一真はうつむいたまま、ふるふると首を横に振ると、ケーキにのっていた赤いイチゴを一粒ぱくっとつまんだ。
 とたんに、寿人が大きな声を上げる。
「あっ!」
「おいしいですよ、先輩」
 にっこりと笑って見せれば、けれど相手はがっくりと肩を落とした。
「その一番おっきなイチゴは俺が狙ってたのに……」
「なんでですか! 俺の誕生日なんですよ!」
「買ってきたのは俺だぞ」
「そ、それを言うのはずるいですよ」
「遠藤にはまん中のチョコがあるだろー?」
「イチゴも好きなんです!」
「俺のほうが好きに決まってる」

 俺だ、いや俺です、と、らちの明かない押し問答を続けていると、

「ん、冷たくてうまいっ!」
「俺、ここもらうよ」
「あたし、こっち」
「あたしはこっちー」
「えーと、じゃあ、僕はー……」

 はっと気づけば、すでに箱の中のケーキは4分の1になっていた。

「あ、先輩たち、ずるい!」
「だって溶けちゃうじゃん」
 スプーンをくわえ、悪びれずに川名が笑う。
「ほら、一真も早く食べろ」
「……はい」
「……俺の分は?」
 しゅん、と肩を落とす隣の寿人と目の前のケーキを見比べ、一真は小さく笑みをこぼした。スプーンでケーキを半分に分け、片方には残ったイチゴをすべてのせ、片方にはハッピーバースデーのチョコを添える。
「はい、どうぞ。綾井先輩」
 イチゴののったケーキを紙トレイにのせて差し出せば、きらきらと形容詞がつきそうなほどに寿人の薄茶色の瞳が輝いた。
「サンキュ!」
 ぱくっと、ひと口ケーキを口に含んでは、心底うれしそうな笑顔になる。

 寿人の笑顔には甘いデザートがよく似合う。
 そんなことを思いつつ、一真も冷たいアイスケーキを口に入れた。甘いバニラがすっと舌の上で溶けていく。体の中心を通っていくその冷たさを感じながら、しかし胸のうちは火照っていた。
 自分を喜ばせようと寿人が汗だくになってくれたことが、うれしかった。うれしくてたまらなかった。

 黙々とアイスを口に運ぶ寿人の横顔を見上げ、ふと思いつく。
「そういえば……綾井先輩って英語、しゃべれるんですね」
「ん? んー…………まあ、フツウにな……」
「フツウ……」
 先程のスノーマンの口から聴こえた声音を思い返し、一真は首を傾げる。

 ……フツウじゃないよな。いかにも本場の発音だった。

 もっとも、それが向こうではフツウなのか、と思い直す。なにせ、相手はれっきとした帰国子女なのだから。
「あの、ハトに何を言ってたんですか?」
「へっ?」
 思いがけない問いだったのか、スプーンをくわえたまま寿人が目をきょとん、とさせる。
「ハト?」
「俺に気づく前に、ハトに向かって何か言ってませんでしたか?」
 あのとき聞き取れたのはShit≠フ一言だけ。そのあとにぺらぺらと流れてきた音は、耳に入っては来たものの理解できぬまま右から左に流れ出てしまった。
「あー、あのときか……うーん、と…………俺、ハトってあんまり好きじゃないんだよなあ」
「……はあ」
「でも、このカッコがめずらしいのかおもしろがってるのか、ハトがいっぱい寄ってくるから、あっち行けーって思ったんだけど……何か言ってた? 俺」
「……と、思いますよ」
「ほんと? 覚えてないや」
 あっけらかんと寿人が白い歯をこぼす。
「たぶん、おんなじようなこと言ってただけだと思うよ。俺、英語だと口悪くなるっていっつも匡兄に叱られるから、それでハトも逃げてったのかもな」
 すると、川名がおもしろそうにずいっと身を乗り出した。
「へえ? じゃあ、俺にも何か言ってみて」
「何かって?」
「べつになんでもいいけどさ、英語で」
「話しかけたところで、川名くんは返事できないだろ」
「それ、は――」
 言葉に詰まる川名に、矢沢がひときわ大きく吹き出した。
「そのとおりだよな、葉月」
「じゃあ、おまえはしゃべれんのかよ、涼」
 じ、と横目に睨まれ、矢沢はただ肩をすくめる。
 寿人はアイスの最後のひと口をほおばると、ゆっくり飲み込んでから、また口を開いた。
「日本語で会話できるのに、わざわざ英語使う必要ないだろ」
「……まあな」
「そりゃ、そうだ」
「あ、でも、さっきの遠藤はかわいかったなあ」
「えっ?」
 今度は一真のほうがスプーンをくわえて目を丸くする番だ。
 さっきって、と訊き返せば、寿人がに、と口元を笑みに歪める。
「スノーマンの俺が声かけたとき、Hi≠チて返してくれただろ? あのとき……」
 引きつった笑顔がおもしろかった、と乾いた声で笑われ、一真はさっと顔を赤らめる。
「――綾井先輩っ!」



 * * *



「じゃあ、またな。明日は荷物を持って校門に7時集合だぞ」
 遅れるなよ、と川名の言葉にうなずき、並んだ先輩たちの背中が遠ざかるのを見送って一真と寿人も歩き出した。
「あれ、そういえば須賀さんと美苗先輩は?」
「二人で買い物していくって言ってましたよ。明日のおやつか何かじゃないですか?」
「そっか……あ、遠藤、明日のバスは隣に座ろうな」
「はいっ」
 いい返事、と笑みを咲かせる寿人に、一真の口元もほころぶ。
 明日、8月2日からはコンクールに向けての追い込み合宿が始まる。ほとんどの3年生がこの夏で引退を迎えるため、先輩たちのそこにかける想いは熱いようだ。
 けれど、1年生の自分の中にあるのは、そこまで感傷的な気持ちではなく、合宿≠ニいう言葉の響きにワクワクしている、といったほうが本音だ。
 祭り好き……楽しいことが好きな寿人のことだから、彼もまたきっとこの合宿を楽しみにしてるだろう、と一真は隣を歩む横顔を仰ぎ見た。
 が、
「あれ?」
 忽然( こつぜん )と寿人の姿が消えている。
 どこに、と辺りをきょろきょろ見回すと、通りを渡る横断歩道の途中で寿人がこちらを振り返っていた。
「遠藤、早く早く。赤になっちゃうよ」
「え? は、はい!」
 言われるがまま駆け寄ったが、家へ帰るのに通りを渡る必要などなかったはず。
 そんなこちらの心中を読んだのか、寿人が形のよい眉をそっとひそめた。
「俺にこのカッコのまま帰れっていうの?」
「あ」
 寿人はまだ半分だけスノーマン。
 ここまで、通りを歩きながらやたらとすれ違う人々の視線を感じてはいた。が、寿人と並んでいれば、女の子やちびっこたちの視線が集まってくるのもいつものことだったから……。
「うっかりしてました。先輩、まだスノーマンだったんですね」
「それはそんなに俺が様になってるって、褒めてるの?」
「そうとってくれていいですよ」
「じゃあ、そうする」
「わっ」
 そうする、と寿人がうなずいた瞬間に目の前が暗くなった。ずしり、と首に響く重みに、バランスが取れずに足がふらつく。思わず手探りで近くにいるはずの寿人の温もりを求めると、しっかりその手がつかんでくれた。
「ごめんごめん。遠藤にはちょっと無理だったか」
「――――ぷはっ。これって、こんなに重いんですね……」
 脱いだスノーマンの頭を寿人へ渡しながら、返すがえすも今日の寿人の汗が心に沁みた。
 けれど、これが寿人らしいのからしくないのか、考えれば考えるほどわからなくなるような気がするのはなぜなんだろう、と一真は短い前髪に手をやった。
「あ、ここ、ここ」
 聴こえた明るい声に、はっと一真は顔を上げた。
 寿人が笑顔で一軒のアイスクリーム店を指している。
「遠藤も来るだろ?」
「いえ、俺は外で待ってます」
「暑くない? じゃあ、すぐ戻ってくるから」
「はい」
 うなずいて、寿人の背中が店のガラス戸をくぐるのを見送る。
 寿人が店内へ入ると、アイスの並んだショーケースの向こうに立っていた店員が一人、笑顔で近寄ってきた。二言三言寿人へ話しかけ、寿人もそれへにこやかにうなずいている。
 そのまま寿人は、おそらくスタッフルームになっているだろう店の奥へと案内されていった。



 ――数分後。
 こざっぱりとした姿の寿人が店の奥から顔を出した。
 店員らに頭を下げ、出口へと向かおうとする寿人を先程の一人が呼び止めたらしい。振り返った寿人に、彼が何かを手渡しているのが見えた。
 寿人はやはり笑顔で二度三度うなずくと、店員とハイタッチを交わす。
 店内の様子を向かいの本屋の軒先から見届け、一真はなんとも言えない気持ちで息をついた。
「ごめん、遠藤。すごく待った?」
「平気ですよ」
 駆け寄ってきた相手に笑顔を返し、ふとその姿をじっと見つめた。
「そのTシャツ、どうしたんですか?」
 寿人が今朝から着ていたのは鮮やかな藍地のTシャツだった。が、今目の前に立っている寿人はまっ白なTシャツを身にまとっている。
 そのTシャツを指でつまんでみせながら、寿人がうなずいた。
「あ、これ? お店の人がそのままだと風邪ひくから≠チて、余ってたTシャツくれたんだよ」
 そう言うが早いか、寿人が小さなくしゃみを一つ、もらした。
「ひっ……くちっ」
「さっそくひいちゃってるじゃないですか」
 大丈夫ですか、と眉根を寄せて見上げれば、平気平気、と寿人が鼻をこする。
「お店の中が冷えてたから、さ……くしょっ」
「……スノーマンでも風邪ひくんですね」
「ふぇっ? ……ぷしゅっ」
 どこかかわいらしいそのくしゃみを聴いているうちに、思わず笑いがこみ上げる。
 と、寿人も鼻をこすりながら満足そうな笑顔になった。
「今日、ちょっとは涼しい気分になれた?」
「なれましたよ。季節外れの雪男のおかげで」
「残念なのは、雪を降らせてあげられないことだなあ」
 寿人がつぶやき空を見上げ、その太陽のまぶしさからか、雪の代わりにもう一つくしゃみを降らす。
 一真は先程の店内での寿人の様子を思い出し、ぽつ、とつぶやき返した。
「…………雪なら、降ってますよ」


 ……そう、寿人はあの笑顔で誰をもの心の戸をたたく。
 そうして相手が思わず開けば、するりとそよ風のように入り込んでくる。
 でも、こちらが呼んだときにはいつも玄関先で帰ってしまう。それより奥には決して入ってこない。
 ならばこちらから出向こうとすれば、今度はその笑顔でかわされてしまう。

 バニラのように甘く、
 けれど降り積もった雪のようにしんしんと静かなそれが、
 彼の心の入り口を隠してしまうのだ。

 輝く氷が、いつも――。


「え? 何か言った?」
 そのつぶやきは、寿人の耳に届く前に、何度目かのくしゃみに消されてしまったらしい。
 一真はほんの少しの寂しさと安堵を同時に覚え、ただ静かに首を振った。
「なんでもないです」
「そう? あ、そうだ。これ、さっきお店の人にもらったんだ。誕生日プレゼントに遠藤にあげる」
「……もらいものをプレゼントにするんですか?」
「気にしない気にしない。ほら、俺とおそろい」
 寿人の指の先で小さなスノーマンの人形がついたキーホルダーが二つ、きらきらと夏日に照らされている。
 そのうちの一つを受け取りながら、一真はおおげさなため息をついてみせた。
「じゃあ、ありがたくちょうだいしときます」
「不満そうだなあ」
「……だって、ほかにもらいたいものがあったんだもん」
「ほかに? なんだ、遠藤ってけっこう欲張りだね」
 ひき始めの風邪のせいか少し鼻にかかった声で、寿人が笑う。
「いいよ、言ってみて。あげれるものならあげてもいいよ」
 誕生日だから特別、と寿人が笑みに茶目っ気をにじませる。
 その横顔を一真はまっすぐに見上げた。
「音」
「……音?」
「スノーマンからの贈り物もうれしかったですけど、俺、先輩のHAPPY BIRTHDAY TO YOU≠熬ョきたかった、です……」
「…………」
 寿人が黙って前髪をかきやった。


 ――本当は、わかっていた。
 寿人は始めから自分だけはそのHAPPY BIRTHDAY TO YOU≠フ輪には加わるつもりがなかったのだ。
 スノーマンからの贈り物をみんなで囲んだあの木陰、そこに並んでいた楽器ケースの中に寿人のトランペットだけなかったことに、あのときすでに気づいていた。
 
 ……綾井先輩は、そういう人だから。
 理由を探そうとすれば、そんな答えしか見つからない。

 ……いや、今はいい。
 今は、無理に見つけ出さなくてもいい。
 時間はまだたくさんあるのだから。


「……なんて、冗談ですよ。あのケーキとこれで充分です!」
「……俺をいじめるなよなあ」
「先輩が俺のことからかったから、そのお返しですよ」
「からかったっけ」
「引きつった笑顔がどう、とか言ってたじゃないですか……」
「ああ、あれね。だって、ほんとにあのときの遠藤は――」
「もう、その話はいいですって!」
「あれはからかってるんじゃなくて、褒めてたのになあ」
「先輩が言うと、ちっとも褒められてるように聞こえないんですよ」
「そんなに怒らなくたって……」
「怒ってません」
「…………遠藤」
 だから怒ってません、と勢いよく隣を仰いだ瞬間に、降り注ぐ日射しの眩しさに思わず目を細めた。

 ――いや、眩しかったのはそれだけじゃないかもしれない。

「来年は吹いてあげるよ」
「……来年、ですか?」
「だって、今年はもう終わっちゃっただろ」
「まだ、誕生日は終わってませんよ」
「そうじゃなくって、同じプレゼントもらったって、遠藤の感動は終わっちゃってるだろ」

 ……同じじゃないですよ。

 そう、心中で唱えつつも、言葉にはできない。
 言葉にしたところで寿人の気持ちが変わるとも思わないし、何より来年≠フことを考えてくれたことがうれしいから。
 今は、それで満足しようと、思う……。

「来年か……そんな先の話、忘れちゃいそうだな」
「それならそれで――」
「綾井先輩っ」
「冗談だよ」
「……あ、そうだ。じゃあ、今聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと?」
「はい、スノーマンに変身する前、ノリちゃんになんて言ってたんですか?」
「ん?」
「あと、先輩が甲子園を嫌いな理由って?」
 矢継ぎ早に質問を浴びせかければ、寿人がたちまち目を丸くする。
 しばしそのままこちらの顔を見つめたあと、ふわりと苦笑をその頬にのせた。
「今日のことはしっかり覚えてるわけか……やっぱり、遠藤って聞きたがりだ」
「先輩が思わせぶりなのがいけないんです」
「言われちゃったなあ。でも……秘密だよ」
「……やっぱり先輩って、ずるい」
「へへっ、いいよ〜だ」
 じりじり焼けつくような日射しの下、その熱気さえもするりとかわして寿人が歩いていく。
 その笑顔を追いかけながら、ぎゅっと手の中に小さなスノーマンを握りしめた。


 その雪、いつかきっと溶かしてみせるから。
 そして見つけた入り口を、この手できっと叩いてみせるから。
 そのときは、心のままに開いてくれますか。
 いつか、きっと――。

 ……でも、いつかって……いつだろう?



 遠藤一真、13歳。

 まだ、13歳。
 眩しすぎて明日も見えない。
 見えるのは、今目の前にある笑顔だけ。



End.

番外っぽい過去エピソード。中学時代の一真くんと寿人くん。
以前、オフラインの友達に読んでもらったとき、「恋愛であるよね、こういう心理」と言われたのがものすごく印象に残っているこのお話です。笑
一真くんの視点で書いてるときは、寿人くんを書くのがほんとに楽しい。
第1部の寿人くんとここでの彼と、多少違和感を感じてもらえたら、それもうれしいです。
……ちょっと長かったかな(゜.゜)






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